【静岡発】自然薯 お茶の生産地として有名な静岡県・牧之原台地。水はけがよく、温暖な気候を活かし、多くが兼業として自然薯の栽培を行う中、自然薯ひとすじにこだわりの栽培を続ける牧之原農産の中嶋さん親子にお話を伺いました。
丁寧に3年かけて作られた牧之原農産の自然薯。上品な香りと味、きめの細かさが特長の在来種「静岡農試60号」を使用、商品になるのは数回の選抜をクリアできた優秀なものだけ。通常の山芋と比べるとまさに別格といえる旨さは、静岡県自然薯品評会で1等1席、県知事賞を受賞と地区を代表するものとして認められました。多くの料理人からも支持され、400年以上続くとろろ汁の老舗「丁字屋」をはじめ、食材にこだわる飲食店で活用されています。
自然薯栽培30年以上の実績を持つ、牧之原農産。お茶の裏作に自然薯を育てる農家が多い中、専業農家として質の高い自然薯を生産しています。もともと牧之原台地の土壌や気候が自然薯づくりに向いていることから、先代がお茶の兼業として始めた自然薯栽培。専業になったのは二代目・拓雄さんが家業を継いだときでした。育てるのが難しいといわれる自然薯。専業で失敗すれば収入がゼロになるというリスクもあります。しかし、「専業なら手間がかけられてもっと良いものを作ることができる。他との差別化が図れる」と、将来性を考えて拓雄さんは自然薯専業の道を選んだのでした。
自然薯は切った芋を植えれば1年で新芋が育ちますが、牧之原農産では[むかごづくり→種芋づくり→新芋づくり]という工程を経て、3年をかけて栽培を行います。むかごからの栽培にこだわるのは、優れた自然薯を作るため。各工程で選抜を行い、質の良いものだけを残して育てるのです。1万2,000本の新芋を収穫するためには、種芋は倍の2万4,000本を、むかごはさらにその倍の量を栽培するというから驚き。最終的に商品となる自然薯は、まさに選び抜かれたエリートといえるのです。
幼い頃、自然薯づくりの手伝いをしていたという雄一さん(右)は8年前にUターン。熱心な仕事ぶりに、本当によくやってくれていると、父・拓雄さん(左)も喜んでいる。
自然薯のもとになるむかごを作るハウス(上)とむかご(左)。専用ハウスを持っているところは県内でも牧之原農産だけだそう。
■自然薯の育ち方 種芋から芽が出てツルや 新芋ができていく。
手入れの行き届いた圃場。ここに高品質の自然薯を生み出すためのいろいろな工夫が隠されている。
種芋は腐りやすいので、病気などから新芋を守るため、ダクトと呼ばれる筒の中で育てられる。
自然薯づくりが難しいといわれる理由は、自然薯が虫やウイルスなどに弱いこと、そして日当りや水はけといった環境の影響を受けやすい作物だからです。牧之原農産では専業農家の強みを活かし、さまざまな工夫をこらしてこの課題を解決しています。
むかごや種芋を虫やウイルスから守るために専用のハウスを作り、毎朝すべてのハウスや圃場(ほじょう)を見回って生育状態をチェック。劣化したものが見つかれば予防と選抜のため、その場で取り除いていきます。
そして、最適な環境づくり。「いちばんの先生は、山に生えている自然薯。その山の環境にいかに近づけるかがポイントなんです」と拓雄さんが話すように、新芋が誕生する圃場には水はけがよく、ある程度水持ちのよい土壌、木々の茂りによって低く保たれる地温など、実に多くの条件が要求されます。
新芋の栽培には「中間マルチダクトシステム:静岡方式(栽培特許)」を採用。ダクトの中には山から持って来た無菌の土を入れ、ダクトの中で成長させることで、虫や病気から新芋を守ることができます。さらに籾殻や米ぬかを混ぜたフカフカの土、スプリンクラー、地中には水を蒔くパイプ、地面には日除け用のマルチなどなど、まさに工夫いっぱいの圃場。さらに驚いたのは、場所によって日除けの方法や資材の使い方を少しずつ変えていることでした。例えば、日除け用のマルチは1ヵ所では藁とマルチの組み合わせ、別の場所では銀色と黒色のマルチの二枚重ね…と、いろいろな方法を試しながら栽培しているのです。「毎年試行錯誤です。品質は上がりましたが、もっと良くできる方法はあるはずなので」と8年前にUターンで実家に戻った三代目の雄一さん。より良いものを作るための探究は栽培方法だけにとどまらず、育てやすさと品質の良さをかけあわせた品種改良も。牧之原農産の自然薯は、さまざまな工夫と地道な作業の積み重ねにより毎年、進化を続けているのです。
牧之原農産の自然薯は、世界的にも有名なイタリアンシェフ・奥田政行さんの目にも留まりました。きっかけは2011年、地産地消にこだわる奥田シェフが静岡県の結婚式場でメインシェフを務めた際に、食材のひとつに選ばれたことでした。生の自然薯を試食した奥田シェフから、きめの細かさや粘り、味、香りなど世界に通用する高級食材になれるとの太鼓判をいただき、さらに海外でのイベントや晩餐会でも牧之原農産の自然薯を使った奥田シェフの料理が披露されました。「今までやってきたことが正しかったんだと自信になりました」と雄一さん。お客さんから「おいしい!」と言ってもらえることと同様、奥田シェフの言葉は牧之原農産の大きなチカラとなっています。
自然薯の販売は直売とインターネットからのみ、市場には出していません。「良いものを作っていれば、お客さんの方から買いにきてくれる。それが理想ですね」と雄一さん。そのためにはまず知ってもらうことが大切と、数年前からホームページを開設するなど広報活動にも力を入れ始め、飲食店から一般消費者まで着実にリピーターを増やしています。
品質の良いものを、とことんまで突き詰め続けたい…30年以上の栽培実績がありながら追求する姿勢を止めない理由を、拓雄さんに伺うと「プロだから」と実にシンプルな答え。これからも、頼りになる三代目・雄一さんと二人でさらなる高みを目指して、最高の自然薯づくりを続けていきます。
切り口を見ただけで、きめの細かさがはっきりわかる「静岡農試60号」。品種名は自生している在来種の中で最も優れた品質のものを選んだ際、ちょうど60番目のものだったことに由来するそう。
新芋の取り扱いは11月くらいから。売り切れるまで年間を通じて販売される。
※掲載の内容は、2013年8月現在のものです。