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【愛媛発】鯛一郎クン:愛は天然ものを超える!?

養殖真鯛のイメージを変える「鯛一郎クン」

七福神の恵比寿様が、誇らしげに釣り上げているのが真鯛。日本では古来から縁起物とされ、冠婚葬祭や祭礼には欠かせない魚です。愛媛県は真鯛養殖日本一を誇り、その大部分はリアス式の宇和海沿岸で生産されています。宇和島市小池地区にある德弘水産では、この漁場を活かして独自のノウハウで養殖。しかもその味は天然モノを超えたという評価もあり、プロ達の間では評判になりつつあります。

鯛一郎クン 鯛一郎クンを使ったレシピはこちら


先代のホンネを知って後継ぎに

瀬戸内海に黒潮の分岐流が流れ込み、2週間ごとに潮が入れ替わるという宇和海は、透明度が高くプランクトンも豊富です。先代はこの海で真珠養殖を手がけていましたが、もっと人が喜ぶ特別なものを作りたいと真鯛養殖へ転向。当時はイカナゴや海老などの生エサを与えていて、「小池の真鯛は味が良い」と引く手あまただったそうです。しかし生エサの脂が海を汚すことが問題になり、やむなく配合飼料などに変更しましたが、味の違いは明らか。評価は下降の一途を辿りました。その頃、宇和島を離れて大学生活を送っていた多一郎さん。郷帰りしていた時、「息子に後を継いで欲しいなぁ」という先代と母の会話を偶然耳にしました。その希望に応えたいという思いと、もともと釣りや海の仕事が好きだったことから、自ら大学を辞めて故郷へ戻ることを決意。19歳で真鯛養殖業の道を歩み始めたのです。

試行錯誤を繰り返し、気がつけば13年

家業を継いだ当時は、配合飼料に特に疑問を持たなかった多一郎さん。しかしある料理人から「養殖の真鯛は臭い」といわれ、それを改善すべく研究をスタート。雑誌などで見かけた研究者に直接会って話を聞き、試行錯誤を繰り返しました。そこで行き着いたのがエサの改良。天然干し海老や、高級昆布の出汁を乾燥させたものなど、まるで和食を作るようにしてうま味を与えました。天然海老と天然酵母(フィフィア酵母)から抽出した色素を与えることで、黒ずみのない美しい桜色を実現したのです。たくさんの情報を取り入れ過ぎて迷走し、研究を一時中断するといった挫折を経験しながら、13年もの年月を費やしてオリジナルのエサを完成。2003年に「鯛一郎クン」を世に送り出しました。その名の由来は多一郎さんご本人ですが、「鯛一郎」では呼び捨てされている気がしてどうにも落ち着かず、「クン」づけにしたそうです。

通常は一つのイカダで13,000尾ほど養殖するところ、德弘水産では8,000〜9,000尾までに制限し、物理的・精神的ストレスを軽減。黒ずみを防ぐために紫外線保護シートで覆う。
通常は一つのイカダで13,000尾ほど養殖するところ、德弘水産では8,000〜9,000尾までに制限し、物理的・精神的ストレスを軽減。黒ずみを防ぐために紫外線保護シートで覆う。

オリジナルのエサは現在4種類。水温、酸素濃度、鯛一郎クンの食べっぷりを見て使い分けている。 オリジナルのエサは現在4種類。水温、酸素濃度、鯛一郎クンの食べっぷりを見て使い分けている。


「おはよう、鯛一郎クン、エサをあげるからね」と声かけ。冬は食欲や消化能力が低下するので、エサを与える際に細心の注意を払う。
「おはよう、鯛一郎クン、エサをあげるからね」と声かけ。冬は食欲や消化能力が低下するので、エサを与える際に細心の注意を払う。

2kg前後になった鯛一郎クンをイカダから浜へと運び、手と目で選別しながら出荷カゴへ。小さなものはまたイカダへと戻される。
2kg前後になった鯛一郎クンをイカダから浜へと運び、手と目で選別しながら出荷カゴへ。小さなものはまたイカダへと戻される。

ニオイの原因、酸化臭を断つ

オリジナルのエサで大きく改良されたのが、養殖特有のニオイを抑えられたこと。多くの養殖業者は輸入物の魚粉を配合した飼料を使用していて、その魚粉の脂が発する酸化臭がニオイの原因だと言われています。天然素材のみを酸化させない方法で加工することで、プロの間で敬遠された「火入れするとニオイが際立つ」という点もクリア。素材の香りを重視する和食の料理人たちも認めており、養殖真鯛ではタブーとされたしゃぶしゃぶも推奨。また、エサが内臓を丈夫にし、腸内の細菌運動が活発になることで、うま味成分の脂肪酸などが体内へ速やかに取り込まれ、上品な甘みも生まれました。通常の養殖真鯛と比べて鮮度が落ちにくく、冷凍しても劣化が少ないと好評を得ています。

手間ヒマ惜しまず、声をかけて育てる

多くのイカダを抱える養殖業者は効率化を図るため、決まった時間に所定のエサを自動給餌機で与えています。しかし、それでは鯛がエサを欲しがるタイミングや量が分からないだろうと、德弘水産では全て手作業。水温と酸素量を測定し、フンの量や質、食べる勢いなどを見ながら、エサの種類も量も細かく調整して与えます。しかも与える前には「おはよう、鯛一郎クン、エサをあげるからね」と、まるで我が子に接するような慈しみぶり。言葉には「魂」が宿るという多一郎さんの考えで、ずっと行なっているそうです。手間ヒマ惜しまず、愛情をかける育て方も、おいしさにつながっているはずです。


刺身に椀もの、焼き物でも実力を発揮

大きさを揃えるために選別を繰り返したり、3ヶ所で産まれた稚魚を時間差で育てるなど、小さな作業と大きな作業を繰り返すことで、年間通じて2kg前後のサイズが安定供給できるようになりました。天然真鯛に比べて品質も安定し、従来の養殖真鯛とは姿形も味わいも違うとあって、噂を聞いた飲食店からの取り扱いが増えています。実際に食べてみると、刺身ではさばき立てでもうま味が強く、モチモチとした食感が印象的。椀ものにしても臭みは感じられず、きめ細かい肉質とほのかな甘さが上品で、適度にのった脂は焼きものにもぴったり。今までの養殖真鯛のイメージを払拭する味に、今後も注目が集まりそうです。

活躍のステージを見ないと気がすまない!

「種を蒔き、子を増やすだけでは、コシヒカリや松阪牛などのブランド食材は生まれません。そこにはお百姓さんや飼い主さんのたゆまぬ努力と深い愛情があったはず。真鯛の養殖も同じです。より良いエサと環境を模索し続け、声をかけて愛情を注がなければ“おいしい”のひと言はいただけません。これからもバージョンアップしていきますよ」と多一郎さん。取り扱いのあるお店に、一度は行ってみないと気が済まないという心情は、我が子の活躍ぶりを見たくて仕方ない父親のよう。鯛一郎クンの背びれにつけられたタグは、愛情たっぷりの環境で育った証です。

大きさ、重さ、スタイルともに合格点をもらった鯛一郎クンは、背びれにタグを付けられ全国へと旅立つ。
大きさ、重さ、スタイルともに合格点をもらった鯛一郎クンは、背びれにタグを付けられ全国へと旅立つ。

宇和島の郷土料理「宇和島鯛めし」。刺身と海藻と生卵を混ぜてご飯へぶっかける漁師料理。シンプルな調理法だからこそ、鯛一郎クンのうま味とモチモチ感が際立つ。
宇和島の郷土料理「宇和島鯛めし」。刺身と海藻と生卵を混ぜてご飯へぶっかける漁師料理。シンプルな調理法だからこそ、鯛一郎クンのうま味とモチモチ感が際立つ。


※掲載の内容は、2014年2月現在のものです。